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■作文 No.002

科学技術省主催「21世紀の科学に期待するもの」 2000.01.??

 「夢を叶える」とは何と響きのよい言葉でしょう。誰もが密かに心のうちに秘め、そうなることを一途に望んでいることと思います。しかし「叶」という字をよくよく見ると「口」に「十」とあることに気が付きます。漢字がアルファベットなどと違い表意文字であることを考えると、これはおそらく夢を叶えるためには「口に十の字を切って」、つまり計画をいちいち口に出さず、ただ黙々と実行しなさいという意味なのだろうと今でも勝手にそう思い込んでいます。ところで、互いに異なる意味合いの文字を組み合わせることによって新たに別の意味を表現するようになるこの「漢字」を、ここでは仮に「ミクロのコラージュ」と仮定してみます。とすると私たちの生きた激動の二〇世紀は、まさに「マクロのコラージュ」と言えないでしょうか。

 機械文明の非人間化の圧力に対する呪詛を謳った米国の作家ヘンリー・ミラーは、「一つの世界をつくるためにはあらゆる種類の人間が必要なのだ」と言いましたが、今日に至るまで科学や医学、あるいは芸術の分野においても多彩な顔ぶれの偉人たちによって様々な発見がなされ、文明の発達に寄与してきました。また、人間の社会的関係の古い基盤が崩壊したのも二〇世紀の大きな特徴でした。戦争などの体験で学んだ悲惨さや哀れみなどから平和や人類愛に根ざした国家間の友好的な関係が築かれ、それは「国際連合」という名で大規模な世界の統合が実現しました。二〇世紀初頭には女性参政権をめぐり、欧米諸国を中心に女権拡張論が高まりを見せましたが、それによって一八世紀末のルソー以来続いていた女性蔑視の傾向は「男女同権」を合言葉に打ち砕かれ、約一世紀を経てそれはほぼ叶うまでになりました。また交通や通信手段も発達し、地球の裏側にいる人とでも瞬時に連絡が取れるようになり、かつて萩原朔太郎が思い描いたフランスに対する憧憬の念も今ではピンとこなくなってしまいました。これらのような歴史的事実を傍観してみるだけでも、世界は近づき、一つになりつつあるのであって、それを支えた二〇世紀が「一つの世界」であったことを痛感させられます。

 ところで二〇世紀は、もっぱら「科学の世紀」と言われて久しいですけれども、二〇世紀で、とりわけ科学の領域において重要な発見だったのは、ウィルヘルム・レントゲンによるX線の発見だったと思います。かのエジソンさえも感心し、ノーベル賞創設後初の物理学賞となった世紀の大発見は、後に様々な分野で活かされることとなります。そうして二〇世紀の科学は、一九〇一年のノーベル賞創設とX線の発見によって幕を開けたのです。しかしそのX線は医学や写真技術に応用されるにつれ、非常に危険なものとしても認知されるようになっていきます。その後、フランス人のベクレルによって放射能が発見されますが――昨年九月に東海村で起こった、日本の原子力開発史上最悪の事故はその規模(政府の発表では、国際的な事故評価尺度を「レベル4」としていますが、「所外へのリスクを伴う事故」だったことを考えると実質それ以上)から言っても記憶に新しいところです。そこで改めて放射能というものを恐ろしいものに感じました――この「放射能」という言葉を名付けたのは、ラジウムの発見で有名なキュリー夫妻によってでした。それからノーベル賞は、ダイナマイトの発明者アルフレッド・ノーベルの遺言によって設立されたものです。工業や産業、あるいは芸術の発展に、このダイナマイトや後に発明されるものが有効利用されることを願って設けられた賞でしたが、多くの科学者たちの競争心を仰ぐことになった一方で、後にその発明は大量殺戮兵器として応用されることにもなったのです。科学は人類の敵か味方か――、科学の持つ機能が発達すればするほど、利用する側の倫理観によって諸刃の剣にもなり得、初めてその真価が問われてくるのです。

 「科学罪悪論」という言葉がありますが、それは今の世の「科学万能主義」を皮肉って言った言葉ではないでしょうか。今日、日本で呼ばれている「科学」という言葉の語源は、中国の「科挙之学」に由来していて、言葉の汎用という点では明治初頭以降の産物で、比較的新しい概念です。二〇世紀が安易に「科学の世紀」と言われる背景に、まだ科学が誕生したばかりで、単にもてはやされているだけに過ぎないということはありませんか。私には、二〇世紀を「科学の世紀」と名付けてしまのにはまだ早すぎるように思えます。一般的に、結論づけた時点でその対象は完成形となり、一つの終焉の形を迎えるように思われるからです。それが新しいパラダイムを生み出す原動力、時代の連続的接点におけるアンソロジー的観点からの一つの区切りとして呼ばれているのなら構わないのですが……。

 それから二〇世紀が、前世紀末に民衆を巻き込んで夢と期待を寄せた――文学で言えば、H・G・ウェルズやJ・ヴェルヌなどが描いた二〇世紀予測。他にも建築家などが練った都市構想などの――未来像が裏切られた時代でもなかったでしょうか。完全にはまだ夢の実現とまでは至っていません。その失望の理由として私は、冒頭でも言いましたが、すぐに結論づけたがる人類の過信を挙げたいと思います。先の臨界事故についても、工場の立地審査が甘く住宅地につくられ、住民や作業員の退避措置が遅れたことなどは監督者の過度の安全意識に基づくものですし、他にもY2K問題における諸々の小さな事故や、H2ロケットの打ち上げ失敗など、フロイトの説いた「人類の三つの思いあがり」に学習して、人類は身勝手な商業意識や根拠薄弱なプライドを捨て去り、ことに時代の先導者たる科学の分野においては、常に現在進行形であることを念頭に入れた活動を推進してほしいです。

 ところで「科学的」ということが「考察」「実験」「結論」という図式で証明されるものならば、先のような未来予測で明るい世紀末を迎えた一九世紀末を「考察段階」、月面着陸などリスクを負いながらも、それらを可能にした二〇世紀を「実験段階」と呼びたいと思います。願わくば来る二一世紀が、これらを踏まえた上での応用を実現する「結論」の段階であってほしいです。そのためにはまず、あらゆる面での改革が必要であると思います。ただし昨今国会で話題になっていた憲法に関する極論には少し疑問に感じます。これだけ少年犯罪の増加や警察官の不祥事、企業の不正などが浮き彫りにされればそう考えるのも無理はないのですが、たとえば「自由」「平等」など、個々の権利に関することならば改革は比較的易しいでしょう。しかし「博愛」などの抽象的理念に関しては、それが観念的、あまりに観念的であるがゆえに急な改革は難しいのではないかと思われます。そういった制度的強制が、恐怖政治や革命を招いたフランス革命に私たちは学びました。現在の、この日本でそのようなことを危惧するのは時代遅れの発想かもしれませんが、何らかの束縛・強制が、「ヴァルネラビリティ」と呼ばれる、少年たちの非行やいじめ問題の要素となっている事実も否めません。物事の順序として、成就を図るためには段階が必要なのです。

 また科学や文明の発達に伴って犯罪の種類も多種多様になってきました。童話作家としても日本でよく知られたイギリスの作家にオスカー・ワイルドがいます。医学者の子として生まれても科学の絶対性を信じることなく、むしろロシア革命に傾倒したアンガージュマンとして文明批評にも長けた才を現していました。彼の言葉に「犯罪と文明との間には、本質的な不つり合いはない」というものがありますが、確かに犯罪と文明とは密接に絡み合っているように思います。コンピュータの進化によって個人のデータはおおむねID化され、クレジットカードが普及すればそれに関する犯罪も増加しています。まるで犯罪が文明の後を追うように、追い越された文明が犯罪を追うかのように、良くも悪くもこの際限のない競争は今もなお繰り返されています。

 二一世紀に課題として遺されたものは、科学の発達に見合うだけの個々のモラルの成長であると私は考えます。科学が個々のモラルとの共存共栄を図るためには、科学が教育の究極であると同時に誰にでも親しめる学問である必要があります。一概に教育と言ってもその形態は様々で、ここでは主に公教育というくくりで触れますが――かつて公教育と私教育を都合よく区別し、生徒の非行は家庭内のトラブルが原因だと一方的に決め付ける風潮がありましたが――本当に大切なのは、狭義の上でも公私教育の「インテグレート」です。幼少の頃からの興味が、やがて社会に貢献する専門的知識を育むだろうと信じています。近代になってフィリップ・アリエスが確立した、幼年期を含む真の新しい教育の理念は、丸山工作氏の提唱する「先進科学過程」にそのまま受け継がれられるべきであると思います。ゲーテの言葉に「知るに値せぬものや知り得ぬものに携わることによって、学問は非常に阻止される」というものがありますが、ある個人に対して「知るに値せぬもの」「知り得ぬもの」を、「強制的」に教え込もうとした経験はないでしょうか。科学の発展には、その永遠の命題とも言える個々の「知の欲求」が必要なのです。それを支援するような教育制度に期待します。

 私たちは「自己責任」の名のもと、この不透明な現代の霧の中で暗中模索しています。最先端をゆく科学技術が、人文科学と歩調を合わせ、半歩先にある期待と安全に裏打ちされた夢を叶えてゆく未来への架け橋、明るい世紀へと導く道標であることを願っています。



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