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1966年12月4日生まれの彼女は、彼女が敬愛していた白井貴子などや同期の人気歌手同様、デビュー当時は学祭クィーンとして活躍していた。僕は日本の女性ポップスシンガー(ガールズポップ)の中では、未だに一番好きなアーティストだ(時間が止まってるだけとも……)。
最初に彼女を知ったのは中学に入ってすぐ、既に近くの化粧品屋(チェーン店)などでは「瞳・元気」が有線か何かでかかっていて、3rdアルバム「Tobikkiri」の発売を楽しみにしていた頃だった。クラスの友人の一人から同時期に"プリプリ"、"レベッカ"、"渡辺美里"、"TMネットワーク"、"米米CLUB"、"サザン"、"久保田利伸"、"尾崎豊"、"BOOWY"、"谷村有美"などを刺激され、聴き始めるようになったのであった。なかでも当初は、永井真理子、プリプリ、渡辺美里、TMネットワーク等にハマっていたものだった。
中学1、2年の頃、TBSラジオ「ポップンルージュ」という番組が一部で猛烈に流行った。(月)永井真理子、(火)笹野みちる【東京少年】、(水)奥居香、(木)谷村有美、(金)長峰由紀(→途中から久宝留理子に交代)という、すさまじいパーソナリティーの顔ぶれが人気の秘訣だったと思う。大学時代にアルバイトしていたガソリンスタンドで一緒だった先輩は、笹野みちるとのオフ会イベント「飯能で飯盒バスツアー」系のものに参加したという。「夜のヒットスタジオ」などに出演すれば録画していたし、この「ポップンルージュ」や後発の「ミュージックスクエア(FM)」なんかも含め、カセットテープに落としてあるものも幾つかあります。中学2年の秋、修学旅行に四国に行きましたが、僕は1,000円くらいで売っているカードラジオを持参して、誰かが持ってきた小型スピーカーに繋いで愛好家だけで聴いてたこともありました。ちなみに長峰由紀の降板1週前の放送分の中で、僕の投稿したハガキが読まれてしまいました。当時ペンネームで出していましたが、実際スピーカーから聞こえてくると意外に恥ずかしいものです。この番組では番組内で投稿を紹介されると、記念にオリジナルテレフォンカードをくれるので、僕は長峰由紀のだけ持っています。
中学3年のときには、永井真理子との結婚を夢見て(爆)ギターを手にした。そう!バックバンドに加入し、お近づきになるのが目的だった。彼女の曲の譜面も揃えた。後に大学に入って、「ときめくハートビート」を親友Kとスタジオで合わせたが、そのときKが作ったリズム譜は、その年の学園祭の手作りチラシにデザインとして組み込んだりした。また、クリスマス・イベント時には「ハートをWASH!」なんかもコピーして披露したものでした。また無理に親友Kを誘って、当選した10thアニバーサリー・イベント(渋谷・パルコで開催された50組100名限定招待企画)に行ったりしたこともありました。それから同じ中学3年のときに熱は高まり、中学の文化祭のオーディションには彼女のツアーTシャツにストーン・ウォッシュのジーンズ(日曜日に道端で落ちている石を使って手を入れたオリジナル!)、グレーのパーカーという寒いイデタチで出演した。ファンクラブにも入会し、その後3、4年更新することとなる。その間にもビデオ7本や写真集を数冊購入し、雑誌の特集記事や切り抜きも集めまくった。他の友人を誘って、彼女の実家(美容室)がある御殿場にも、わざわざ「ナガマリカット(独特なツーブロック)」をしてもらいに小旅行の旅に出たこともあるくらいだ(結局店舗には行ってません)。これって単なる"追っかけ"じゃんか〜っ(自爆)!
翌年5月の武道館コンサート(「Catch Ball Tour」)には思わず一人で駆けつけた(友人を誘うも全滅爆)。お約束で、ある曲では白いハンカチを振ったり、隣の席の人とウェイヴをするというものがあったが、一人で行っている手前、かなり寒かった(爆)。そんな経緯のある永井真理子ですが(謎)、パワフルなステージング同様、俗に"永井節"と言われる、独特な演歌調のコブシの利いた歌い方は賛否こそあれ、「元気が出る曲」という評判を不動のものとしたのでした。
後に何回目かのバックバンドの編成を行った後、同じバックバンドのギタリストと結婚することになりますが、折りしもそれは、僕が高校3年の時の9月のこと。そう僕が高校の文化祭に出演しているときでした。彼女はそのとき原宿で挙式を挙げていたのです。その事実を事前に知っていたまま、ステージに立っていた僕の哀しみが皆様に伝え切れないのが至極残念で仕方ありませんっ(爆)! (ToT) (o_
_)o (>_<) (T-T)
ところでこの「大好き」ですが、これはベストアルバムで、これまでに出した3枚のアルバムから、人気のものをピックアップしたアルバムです。彼女は今までに十数枚のアルバムを出しているが、正直言って、彼女の本当の良さが分かるのはこのアルバムまでだと思っています。ここで一段落着いたかのように、次の「Miracle
Girl」がマスメディアにも登場するようになり爆発的にヒットした。話題になっていた「YAWARA」の主題歌になる表題曲は実はそのアルバムに収録されていないのですが、とにかく「山田かつてないバンド」などにも牽引され、一躍茶の間の大スター?に昇りつめる結果となったのでした。確かに「Miracle
Girl」は、弱冠企画めいていながら全体的なバランスも良く、比較的名曲が多かった。少しの商業意識さえ除けば……。この頃が歌手としての絶頂期(実力的に)だったのではないかと推測しています。しかし、やはり「大好き」までのような独特の郷愁感は、この時期になって聴き返してみても違いは明瞭です。彼女の活動を何期に分けられるか分からないですが、とにかくこの「大好き」までが第1期だということは断言出来ます。「Step
Step Step」や「Brand-New Way」、「One Step Closer」も含め、「瞳・元気」や「ロンリーザウルス」などのヒット曲、「20才のスピード」、「Mariko」、「Fight!」などを歌っているのが、僕の中での真の永井真理子と言えるものでした。
中学2年のクリスマス時期に出たファンハウスの企画モノ(歌姫4姉妹?<岡村孝子以外> http://psi.c.oka-pu.ac.jp/midori/merrychristmas.html
)としては第1弾のアルバムでの彼女の歌う2曲はとても良かったですが……。とにかくこの「大好き」はかなりの名盤となっていますので、是非皆様もお手元に一枚どうぞ!
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